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  • 中川泰伸

アニエス・ヴァルダ追悼 「5時から7時までのクレオ」

更新日:2019年3月30日

 アニエス・ヴァルダが亡くなりました。90歳。今後まだ20年くらいは作り続けて欲しい映画作家でした。


 個人的には「カンフー・マスター」でアニエスに目覚めました。男の映画ファンには、どういうモチベーションで作ったの分からないような変わった映画でした。不思議なものを拾っちゃって(失礼)、「変わってるなぁ…持っとこうかなぁ…」みたいな。

その後もアニエスの作品を見る機会は何気に多く、いつしか彼女の作品を楽しみにするようになりました。見た後には「辺境な世界観だけど、なんか落ち着く」といった平穏さを持って帰ることが出来ました。それは他では得られない、貴重なものだったのです。


 残念です。

2017年9月に彼女の初期の作品「5時から7時までのクレオ」の作品レビューを書いていたので、それを掲載します。


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「5時から7時までのクレオ」


 監督であるアニエス・ヴァルダは、映画史の中でも個性的なスタンスの映画作家だ。ヌーヴェルヴァーグ時代から現存している映画史の生き証人的な監督であり、世界の女流映画作家の先駆的存在でもある。

錚々たる経歴だが、ヌーヴェルヴァーグのムーブメントの主流監督たちが時代と戦う最前線のアーティストであることをアイデンティティにしていた事に比べると、彼女は主流派と別なところで仲間に大事にされている映画作家というイメージもあった。

ゴダールや夫のジャック・ドゥミのように、映画評論や撮影現場上がりの筋金入りのシネフィル達とは違う。ファッション誌のカメラマンをしており、元々ヴィスコンティの映画すら知らないような田舎出身の写真家だった。しかし、映画を撮らせたらアラン・レネを唸らせる程のセンスを見せたという。「5時から7時までのクレオ」は、そんな彼女の出世作となった長編で野心作だ。

 発想が上手いと思う。タイトルに“5時から7時まで”とあるように、映画はこの2時間弱がリアルタイムに近い形で進行し、場面転換シーンでは時刻表示まで出る。2001年のTVシリーズ「24(トゥエンティー・フォー)」と同じことを、’61年の低予算フランス映画でやっていたのだ。

当時、リアルタイム同時進行で進む映画は、ヒッチコックの1カット映画「ロープ」くらいしかなかったのではないか? ヒッチコックの場合はサスペンスで引っ張って見せているが、「5時から7時までのクレオ」では、サスペンスよりもストーリーの変化を見せにくい、女性主人公の不安という心象風景ドラマである。

他の監督では考えつかないしやろうともしないアイデア。アニエスらしいというか、地味にすごいことを普通にやっている。

 もう一つ、主人公が癌告知を予感したポップ・シンガーという設定にもアニエス独自の切り口の個性が光る。このテーマは、当時にも癌が話題になっていたので選んだという。主人公の人生に直接触れる普遍性と現実感があり、今見ても説得力を感じる人は多いと思う。

自身の癌を予感した主人公は、死への恐れを感じつつ、友人達と会い、パリの街をさまよう。この友人役にゴダールとアンナ・カリーナ。音楽家にミッシェル・ルグランと、ここにもヌーヴェルヴァーグの重鎮達が身内ノリで出演している。

そしてパリの情景は、夏の日差しを大事に綿密に撮ったというが、どこかリアルな空気感が強いのは、ドキュメンタリー的作家性も強いアニエスの視覚的個性でもあると思う。彼女の夫のジャック・ドゥミもパリを初めヨーロッパの街を魅力的に映したが、ストーリー・テラーのドゥミとは違い、アニエスは当時のリアルな人々の表情から大道芸人にいたるまでの生き生きとしたパリを、フィルムの中に残してくれている。

 多くのヌーヴェルヴァーグ作家の映画に、パリを彷徨う若い女性は定番的に登場する。アニエスの場合は本作がそれで、それは不安ときらめきと出会いに満ちた、アニエス自身のパリでもあったのではないだろうか。野心的であり、瑞々しさをパッケージしたような秀作だ。


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下のイラスト付きの画像は、「イマジカBS」という今の「シネフィルWOWOW」のホームページで書いたものです。

その「イマジカBS」の「本当に面白いフランス映画特集」で、 イラストコラム“おしゃれは、フランス映画が教えてくれた”の解説コラム。

9月放送『5時から7時までのクレオ』より 「クレオが教えてくれた、黒いワンピース」






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